以下の記事は2007年から2010年にかけて日経ソリューションプロバイダ、日経コンピュータに連載された記事の1つです。執筆時の情報に基づいており、取り上げた製品・サービスには現時点で古くなっているものもありますが、商談の経緯を知ることはユーザー企業にとって有益と考え、再掲しました。

岡谷酸素は富士通製オフコンを15年以上使い続けている。新参ベンダーが食い込むのは容易ではない。受注するには、信頼できる相手であることを訴えなければならない。営業担当者は技術者や経営層だけでなく、既存の顧客の協力を取り付け、新規開拓に挑んだ。

 「御社が提案しているIBM製品を使ったシステムを導入したユーザーは、満足しているのか」。長野県に本社を構える高圧ガス販売事業者の岡谷酸素で、情報システム室長を務める小坂広志は、こう営業担当者に尋ねた。2008年12月のことだ。

 「当社の顧客で、直接小坂さんに会っていただける方を探してみます」。岡谷酸素への営業を担当する丸新システムズの石澤明男は回答した。

1年の客先訪問を経て相談される

 岡谷酸素が、ガスボンベ回収業務システムの導入を検討し始めたのは2008年9月()。安全対策の一環で、顧客に納入したガスボンベを1年ごとに回収することに決めたのがきっかけだ。ガスボンベが老朽化すると、最悪の場合は破裂する危険があるためだ。

表●岡谷酸素が丸新システムズに発注した経緯
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 岡谷酸素はガスボンベ6万本の回収業務と顧客対応を実施するため、システム導入を決めた。特殊な業務で、パッケージは見当たらなかった。そこで富士通のオフコン「Kシリーズ」で動かしている既存の基幹系システムに機能を追加する、もしくは基幹系システムとは別にシステムを作る、という二つのやり方を検討した。

 富士通に機能追加を依頼する手もあるが、小坂は富士通1社に開発を依存している現状に不安を抱えていた。小坂は、新システムについて富士通の担当営業に声を掛けるだけでなく、石澤にも相談した。約1年前から長野県の松本支店に籍を置く石澤は、岡谷酸素を攻略しようと、小坂の元を何度か訪問していた。

 「小坂さんは長野県の富士通ユーザー会の副会長を務めるほど富士通との結び付きが強い。それでも、現状の体制に不安を抱えている。この案件は受注できるかもしれない」。石澤は小坂の話を聞き、提案活動に乗り出す。

 基幹系システムに新機能を盛り込むとなれば、富士通には勝てない。石澤は、基幹系とは別にガスボンベ回収業務システムを構築する案を勧めた。ハードウエアには、IBM製オフコン「AS/400」の後継機に当たる、独自OSを搭載した「Power Systems」を採用するという提案だ。

 石澤は2008年11月、Power Systemsのデモを披露した。「Power Systemsの信頼性については問題がなさそうだ。でも、御社の技術力が分からない」。デモ終了後、小坂は石澤にこう告げた。

 石澤は11月と12月に、社内の優秀な技術者を数人引き連れて、小坂を訪問した。「自分が手掛けたシステム開発の実績や得意分野をアピールしてください」。石澤は技術者に事前に依頼しておいた。この面談の成果はまずまずで、小坂と次の約束を取り付けた。既存の顧客の担当者と小坂を引き合わせるというものである。

群馬と新潟の顧客を紹介

 石澤は、小坂に紹介する顧客企業として3社を“厳選”した。1社は岡谷酸素と同じガス販売事業者。残り2社はIBM製オフコンのヘビーユーザーだ。「この顔ぶれなら、PowerSystemsの魅力を十分に語ってくれる」と考えた。

 これら3社のうち、1社は群馬県の1社、2社が新潟県に本社を構える。「新潟県だけでなく、県外にも顧客を抱えていることを証明しよう。高いシステム構築スキルを備えていることによって、県外でもビジネスを展開できている会社だと思ってもらえるはずだ」。石澤はこう考えた。

 さらに、群馬と新潟となれば、1泊2日の顧客訪問ツアーを組める。これも石澤の作戦だ。しかも石澤は、自分は故意にツアーに参加せず、訪問する顧客の担当営業を同行させることにした。

 「自分が参加すると、どうしても営業トークばかりになり、逆効果になりかねない。社内の複数の担当者が、自社の強みを様々な角度から語るほうが、信頼関係を作るのに効果があるだろう」。こう考えたからである。

 顧客訪問ツアーの成果はあった。「想像以上に顧客の満足度が高いことが分かった。IBM製品でシステムを構築することを真剣に考えてみる」。小坂のこの言葉で石澤は、案件受注の確率がぐっと高まったことを感じた。

富士通が巻き返し、苦戦

 年が明け2009年になると事態は一変する。富士通の営業担当者が攻勢をかけてきたからだ。小坂は今回の案件を富士通にも知らせていたが、積極的な提案活動はほとんどなかった。営業担当者が12月末で交代し、その引き継ぎで営業活動に手が回らなかったようだ。ところが、富士通の新しい営業担当者は、前任者の遅れをばん回しようと、週に1回以上岡谷酸素を訪問し、案件の獲得に動いた。

 小坂は2月末になってもどちらに案件を任せるべきか迷っていた。これに危機感を感じた石澤は、小坂がシステム連携を心配していることから、この問題に明確な回答を出すことにした。小坂は、基幹系システムと新システムとが、円滑にデータをやり取りできるかどうかを危惧していた。

 石澤は、採用するシステム連携用ソフトのメーカーの技術者に協力を仰ぐ。「技術的に問題がない」ことを、小坂の部下であるシステム担当者2人に解説してもらった。2009年3月4日のことだ。

 ところがこれに失敗。「技術的に可能なことは分かったが、今回のシステムでも大丈夫だという確信まで持てなかった」。システム担当者2人は、石澤に不満を告げた。

副社長に最後の一押しを頼む

 失注しそうな気配だったものの、石澤は最後のチャンスをつかむ。岡谷酸素のシステム担当者2人が、システム連携の仕様について相談するため、わざわざ新潟の丸新システムズ本社へ行き、技術者ともう一度面会するというのだ。

 松本支店の石澤は、本社にいる副社長の熊倉義幸に電話を掛ける。「最後の一押しをお願いします」。事情を理解した熊倉は、「顔を出す」と即答した。

 技術者との議論が終わるころ、熊倉は会議室に入った。「技術的な課題は残っていると思いますが、成功させるために全社を挙げて取り組みます」。システム担当者2人にこう告げた()。

図●岡谷酸素の不安を解消するため、丸新システムズは“キーパーソン”を紹介した
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 この後、システム担当者は小坂に連絡し、熊倉のメッセージを小坂に伝えた。「石澤さんには顧客企業や多くの技術者にも会わせてもらった。副社長もコミットしてくれた。任せてみよう」。小坂は3月18日、丸新システムズに発注した。