このように崩壊寸前な公差の土台でも日本のものづくりが成り立っているのは,生産現場の臨機応変な対応があるからこそ。公差設定に問題があっても,それが表面化しないように生産現場側で対処してきた。逆にいえば,生産現場の対応に甘え続けてきた結果,設計で適切な公差を設定しなくても済む状況が続いてきたのだ。「開発のスピードが求められ始めた結果,甘えの傾向はより強まった」(プラーナーの栗山氏)。


 しかし,こんな状況がいつまでも許されるわけがない。現場での不具合発生は,ムダの発生そのものだからだ。品質やコストに関する要求が一層強まっているのに対応し,国内外の多くの企業と連携したものづくりを進めるためには,その「共通語」となる公差に関するノウハウの蓄積に,いま一度挑戦する必要がある。


 例えば,大型の業務用プリンタなどを手掛けるローランド ディー.ジー.(本社浜松市)は,設計部門における公差設計能力の低下に対応するため,2004年から全社的に公差ノウハウの再習得に取り組み始めた。機械系設計者だけでなく,調達部門の担当者や生産技術者らも,公差設計の社外セミナーを受講している。


 同社でも,公差設定の不備に対して以前は「生産現場での個別対応で済ませていた」(同社第1製品開発部プロデューサーの杉山裕一氏)という。杉山氏自身,設計者になって数年目で生産ラインを止めてしまった経験がある。「組み付かない部品はあるわ,性能は出ないわで,あの時は散々だった」(同氏)。その後,杉山氏は先輩技術者に公差について分からないところを聞いたり,本を買って勉強したりすることで,スキルを身に付けていった。


 ところが,社内の設計者全体を見渡すと,公差に関する意識は決して高いものではなかったという。「例えばベテラン設計者と若手設計者,担当する製品の違いといった具合に,各所で温度差が生じていた。機械設計のリーダーによっても設計手法や生産の考え方が違っていて,『公差の調整は生産にやってもらえばいい』という人までいた」(同氏)。実際,設計が厳しすぎる公差を設定した場合でも,資材や製造といった社内の部門や加工業者などがうまくやってくれていたという。「不具合が生じた部品を修正するため,工作機械のある試作室に駆け込む人をよく見掛けた」(同氏)という状況が続いていたのである。


 社内での雰囲気が変わったきっかけは,「デジタル屋台」(同社は現在,D-Shopと呼ぶ)というセル生産の取り組みを開始したことだった。「デジタル屋台では,誰でも生産できることが目標。現場での個別対応は極力なくしたい」(同氏)という思いがある。


 また,2000年ごろから設計の3次元化が進んだことで,「生産現場の状況がよく見えるようになってきた」(同氏)ことも公差設計の重要性の認識を高めることにつながった。早い段階で詳細なDRを実施できるので,部品が取り付かないことはなくなってきたが,「もっと組み付けやすく」という声が現場から出てきたのだ。


 そこで,前述の通り設計,資材,生産の各技術者が公差設計のセミナーを受講。ベテラン技術者の中には依然,「それは,製造がやることだ」と考えを変えない人や,「公差なんてもう分かっているよ」などと真剣に取り組まない人もいた。しかし,「公差設計を浸透させる土台として,まずは受講したという事実の積み上げが大切。これによって,公差の設定は設計者の責任であるということを明確にしていった」(同氏)。


 その後,各自が実務で公差設計を展開(同社の事例は「第6回:公差検討の実例と効果」を参照)。「自分自身で公差を設定してみて,製造や外注先からフィードバックを受けないと,やる気にならない」(同氏)からだ。2006年にはレバー比やガタの考慮といった高度な公差設計についてのセミナーも受講し,公差設計に関する全体的なレベルの底上げを図っている。

情報収集も進む


 ローランド ディー.ジー.が公差設計をするようになって得られた効果の一つが,製造の垂直立ち上げが可能になったこと。例えば,プリンタの生産立ち上げ時の初ロットに投入する台数は,約10年前は50台ほどだったが,今では300~500台と10倍近くに増やすことが可能になった。それだけ,不適切な公差設定による不具合の発生が減少し,その対策で「試作室に駆け込む」といったことに時間を費やすムダがなくなっているのだ。


 さらに,「外注先の加工業者が,資材部門を通して工程能力についての情報を伝えてくるようになった」(杉山氏)という。以前はこのようなフィードバックがなかったため,不適切な公差が修正されにくかった。


 このように,設計と製造の情報共有,特に,設計側が製造側の状況をよく理解しておくことは,適切な公差を設定する上で欠かせないこと【図1】。とりわけ,加工の外注先からも工程能力などの情報を細かく収集できるように関係を築いておくことが大切だ。

【図1】デザインレビューで公差の検討を
生産部門と公差に関する情報を交換することで,公差が磨き上げられていく。その際には,「この部品の公差をなぜ,そう設定したのか」を設計者がきっちりと理解・把握しておくことも必要だ。


 生産現場からの情報をきちんと得られるようにすることで,単に生産できるかどうかの確認や,コストダウンを目的とした公差設計だけでなく,製品の付加価値を高めるといった効果も得られるようになる。例えば,各部品の公差をどの程度厳しくすれば,どの程度のコストが発生するのかをきちっと把握しておけば,「製品価値を高めるために,ある部品の公差を厳しくしたいと思った場合の判断が容易になる」(いすゞ自動車CAE・システム推進部IDEPグループスペシャリストの大林利一氏)。


 生産現場から,「この公差だと,不良品が多く出そうだ。非常に高価な材料なので,ほんのわずかでいいので公差を広げられないか。逆に,こちらの部品ではもう少し公差を厳しくしても対応できる」といった内容の相談もあるだろう。こうした相談があったとき,公差設計をきちんと実行していて,各部品の公差とアセンブリの公差の関係を把握しておけば,明確な回答ができる。

公差は外部から分からない


 そして,公差設計の意外な効用として考えられるのが,模倣品対策である。


 半導体製造装置メーカーのアスリートFA(本社長野県諏訪市)が公差設計に取り組んだきっかけは,ズバリ「模倣品対策」(同社開発設計部3DCAD推進G課長の土橋美博氏)だった。1990年代の初頭,半導体の後工程の製造装置で大きくシェアを伸ばした同社だったが,韓国や台湾といった海外市場への進出を機に安価なコピー製品が出回るようになり,シェアを大きく奪われる事態に陥った。


 コピーされないような半導体製造装置を何とか造れないか─。この課題に取り組んだ同社が至った結論が,公差設計をきちんとやることだった。


 半導体製造装置には搬送部などで高い精度が求められる。同社の以前の製品には,誤差を補正するための調整機構を設けていた。つまり,たとえ各部品の寸法が想定以上にバラついても,この調整機構で性能を維持できるようにしていたのだ。ただ,この調整機構はコピー製品を開発する企業にとってもありがたいものだった。各部品の公差を知らなくても,調整機構さえ組み込めば同様の性能を発揮できる製造装置をコピー生産できるからだ。


 ここで同社が注目したのは,ある公差設定に基づいて量産した部品の一つを取り出して計測しても,元の公差は分からないこと【図2】。調整機構をなくし,適切な公差の設定だけで目標精度を実現できれば,コピー製品は生産しにくくなる。


 こう考えた同社は,既存製品をベースに公差の再検討を実施。その結果,調整機構なしでも目標精度を実現できることにメドが付いた。

【図2】公差は外部に漏れにくい
一つの部品を計測しただけでは,その部品がどのような公差設定の下で加工されたのかは分からない。