ローランドDGでは,このような実務展開を通じて設計者のスキル向上を図る一方,公差設計に関するノウハウの蓄積にも取り組んでいる。「資材部門からはすべての図面についてコメントをもらっており,その情報をいかに共有化していくかにも取り組んでいきたい」(同社第1製品開発部プロデューサーの杉山裕一氏)という。その一環として実施しているのが,設計標準への落とし込みだ(図1)。

【図1】ローランド ディー.ジー.における「ハーフピアス」の設計標準
設計標準には,公差や加工コスト,加工条件に関する情報も含めて記載している。

 同社は2004年,ちょうど公差設計に取り組み始めたのと同じ時期に第1版の設計標準を完成。設計標準は,「いわば憲法のようなもの。内容としては初歩的なものが多いが,板金加工ではどの程度の精度を実現できるのか,穴の寸法はどう設定すべきかといった情報を載せている」(同氏)。単にルールを記載するだけでなく,「なぜ,そうなっているのか」という注記も記載することで,設計者が見た際に採用の可否を判断したり,応用方法を考えたりできるようにしている。

公差検討で無調整化を

 「コピーされた製品にシェアを奪われていった2000年以降,ものづくりをしていく上での我々のノウハウとは一体何なのかを考え直す必要性に迫られた」と語るのは,アスリートFA開発設計部3DCAD推進G課長の土橋美博氏である。この,自分たちの本当のノウハウを問うプロジェクトは,技術者出身の社長が主導したこともあり,すぐに全社的なものになっていった。

 その活動の中で浮かび上がってきたのが「調整機構」の存在である。半導体製造装置に求められる高い精度を実現するため,同社製品では現在,調整機構を各部に設けている。例えば,ねじの回転角度で高さを微調整するような機構である。「寸法や組み付けのバラつきがあっても,最後に調整できるようにしてあった。しかし,調整機構が実はもろ刃の剣となった」(同氏)。

 組み付くかどうかといったことさえクリアすれば,最終的な精度は調整機構で出せる。しかし,この利点はコピー製品を造るメーカーにしても同じこと。製品を分解し,部品の寸法を計測し,通常の工作機械で出せる精度で加工すればコピーできてしまう。

 アスリートFAが指定した公差で加工した部品を使い,特別な方法で組み立てないと精度が出ない─。このような装置を開発できれば,コピー製品のはんらん防止に役立つ。部品の公差や組み立て方法は,模倣されにくいノウハウだからだ(調整機構をなくすことは,部品点数の削減と,コスト低下にもつながる)。

既存製品で公差を見直す

 そこでアスリートFAは2007年,こうしたことが可能なのかを確かめるための活動に取り組み始めた。最初に手を着けたのは,既存製品の設計データを例題とした公差検討である。対象に選んだのは,LSI(BGAパッケージ)の端子面に,はんだボールを形成するマウンタ(図2)。特に,内部に組み込まれている「印刷ステージユニット」を中心に検討を進めた。同ユニットは,端子にフラックスを塗布する対象物を搬送,位置決めする役割を持つ。従来は,ステージ(搬送面)の高さ調整機構を使い,組み立て時に精度を確保していた。

【図2】半導体製造装置「BA-1500PP」
アスリートFAの「BA-1500PP」は,BGAパッケージのLSIに向けたはんだボールマウンタである。印刷ステージユニットは,端子にフラックスを塗布する対象物を搬送,位置決めする役割を持つ。調整機構を省略しても要求精度を確保できるかどうか,同ユニットの設計データを使って確認した。

 同社はまず,現状の設計で指定している各部品の公差を基に計算を行ってみた。その結果,互換性の方法では±4.8759mm,不完全互換性の方法では±1.3125mmという範囲で高さがバラつくことが分かった(図3)。ステージの高さは±0.2mmで管理する必要がある。組み立て時の調整を省くと,公差の規格内に入る確率(規格適合率)は35.25%しかない。当然,公差の見直しが必要になった。

【図3】公差検討の内容
公差計算の結果から,公差を厳しくする部分,緩める部分を見極めることでコスト上昇を防ぎながら規格適合率を高められることが分かった。

 そこで同社は,実部品の測定や製造部門や外注先への調査などを通じて,工程能力の実態把握を進めた。その結果,以下の三つのことが分かった。

 第一に,最初の公差計算で使用した寸法公差の多くは,工程能力を考えると厳しさを約2倍にしても十分に対応できること。これは,コストを高めずに対応可能な範囲である。

 第二に,幾何公差として指示していた部分については,規格内に入っていない部品が多かったこと。そこで,実力値に合うものに再設定を行った。

 第三に,ステージの高さへのバラつきへの影響度(公差寄与率)が大きい,ある購入品の存在。この購入品の規格値を見直し,より高精度のものに変更した。購入品の価格は上がるが,逆にほかの部品はコストダウンが可能になり,トータルではコストアップにはならないことも判明した。

 このような対策を勘案して公差を再計算したところ,互換性の方法では公差が±2.7238mm,不完全互換性の方法では公差が±0.6214mmという結果が得られた。規格適合率は66.58%と,30ポイント以上も向上したのである。

 もちろん,まだ最終的な目標には達していないが,たった1回の公差見直しだけで大幅に精度を向上できたことは事実。今後,さらに公差の見直しを進めていけば,調整機構なしの実現に必要な公差±0.2mmを達成できる可能性は十分にあると同社は見ている。しかも,上記の公差見直しだけでも,最終調整工程の大幅な時間短縮という効果が得られる。

少量でもバラつきの検討は必要

 このように,公差の見直しによって調整レスの実現にメドを付けたアスリートFAだが,「公差設計に関しては,まだ初めての事例を出した段階。今後,社内展開に向けて取り組んでいく」(土橋氏)。公差設計の手法に関する知識の習得だけでなく,公差計算に必要な時間の短縮なども実現していかねばならない。

 ただ,実際の製品で調整レスを適用することについては「現在のところ,設計と生産の両方の現場から抵抗もある」(同氏)という。公差を設定する設計者は,精度が出なかったときの責任を負うことになり,組立工程の現場の技術者は,極めて低い確率でも精度が出ない場合を考えてしまうからだ。

 一般に,バラつきを考慮する公差設計は,大量生産する製品でこそ効果を発揮すると考えられがちだ。しかし,それは誤りである。半導体製造装置は,月間数台を長期間にわたって生産する製品。累計でも1機種当たり100台程度。1台しか製造しないカスタム機もある。「たとえ1台しか製造しない装置でも,調整作業にはコストが掛かる。特に,海外など遠隔地へ出荷した後に調整が必要となった場合の経費は膨大。だからこそ,公差設計をやる意味がある」(同氏)。