前回は、これまでの四半世紀の日本の製造業を取り巻く環境やPLM(Products Lifecycle Management)の変化(PLMベンダーの動き)、PLM構築実態の動きを表に示した(第12回:これまでのPLM(1))。今回からは、この四半世紀を「1980年~1990年〔PDM(Product Data Management)開発期〕」「1990年~2000年(PDM全盛期/PLM開発期)」「2000年~2005年(PLM導入期・導入最盛期)」「PLM進化期(2006年~現在)」に分けて、筆者の経験を交えながら各時期の日本におけるPLMの適用実態を中心に振り返っていく。

◆PDM、PLM以前:1980~1990年 (PDMの概念が生まれ、開発が始まった時代)
 1980年代前半、CADといえばメインフレームかミニコンのターンキーシステム(専用システム)であり、PDMという言葉さえなかった時代である。80年代後半にはワークステーションが出現し、設計者1人ひとりへCADを普及させるという大きな役割を果たした。この当時、PDMに近いものとしては、CADデータと部品表をメインフレームやミニコンで管理する仕組みがあった。この時期、RDB(Relational Data Base)への格納が始まった、と筆者は記憶している。

◆PLM初期:1990~2000年 (PDMのリリース・導入全盛期、PLMの概念が生まれた時代)
 1990年代初頭、独立系PDMベンダーのSherpa(後に米SDRC:Structural Dynamic Research社が買収)とMatrix(後に仏Dassault Systemes社が買収)がPDMを世に送り出し、これを皮切りにCADベンダーも次々とPDMのリリースを開始した。米ボーイング社が777型機の設計・検証を全て3次元CADで行い、設計品質を飛躍的に高めたと発表したのもこの頃だ(筆者の記憶では、PDMもデータ管理の仕掛けとして挙げていた)。後の“デジタルモックアップ”時代の幕開けである。設計製図機械を使う設計者として出発し、大きな期待をもってCADの開発やその適用を推進していた筆者も、これに大きな刺激を受けた。

 そのころ日本では、長年にわたり自社製ワイヤーフレームやサーフェスCADを使用してきた自動車OEM(Original Equipment Manufacturer:自社ブランド製品を製造する事業者という本来の意で使用)が、市販のソリッドモデラーへ試行的に移行を開始していた。同時にPDMへの認識も進んだように思えるが、実際にはメインフレーム上の自社製部品表システムという問題もあり、一気にPDM導入にまでは至らなかった。むしろ、そうした“しがらみ”のないハイテクや電気、精密機器業界のOEMで、設計をソリッドモデラーに移行した企業が、さほど間を置かずにPDMツールの導入を開始する例が多かったようだ。

 この1990年代は、日本のバブル崩壊期に当たる。収益確保のために市場投入のリードタイム短縮、在庫最少化などの根本的な体質改革が叫ばれ、ERP(Enterprise Resource Planning)やBPR(Business Process Re-Engineering)といった米国流の経営手法が人気を呼んだ時期である。開発設計などの川上プロセスにも、フロント・ローディングのための具体策として3次元設計やシミュレーション・アプローチ、品質工学、そしてそれらを支えるIT基盤としてのPDMなどを組み合わせた展開戦略が作られ、適用されていった。当時のPDM導入の主目的は、CADデータ管理(Check In/Out、排他制御、標準部品ライブラリ、ユニットの流用)と、付随するCAMデータ管理が主体だったが、3次元CADは設計構成情報も保有するため、製品構成や部品情報まで活用する企業も多かったと思う。いずれにせよ筆者にとっては、開発・設計者に時代の最先端を行く設計環境や手法を供与できる、という期待に満ちて、活動できた時代に他ならない。

この先は日経クロステック Active会員の登録が必要です

日経クロステック Activeは、IT/製造/建設各分野にかかわる企業向け製品・サービスについて、選択や導入を支援する情報サイトです。製品・サービス情報、導入事例などのコンテンツを多数掲載しています。初めてご覧になる際には、会員登録(無料)をお願いいたします。