私のこれまでの持論だが、UXは単にプラットフォームであり、それ自身で何かに役立ち、効果が得られるものではない。そのプラットフォームをとおして、良い経験が蓄積されれば、人は心地良さを抱き、感動を覚える、一方で悪い経験をしたり、納得が得られなければ、その時点で気持ちは離れていく。

 以前にも述べたが、UXはインターネットと同じで、そこに載ったコンテンツやアプリケーションが、ユーザーにとって有効であれば、インターネットは役に立つこととなり、悪い情報や法に触れたいかがわしいものが出回ると、インターネットは悪いということになる。

 しかしそれは間違いで、単にインターネットはプラットフォームであって、それを褒めたり敵視するものではないのは、ご承知の通りだ。

 広告業界では、四大マスメディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)を「四マス」と呼び、広告媒体の中心に据え、企業と連携して大いにその恩恵を受けると同時に、消費者に対して、有益無益に関わらず、多くの情報を提供してきた。同様のことが、最近ますます可能になってきたインターネットはその側面から見て、確かにメディアと見られるかも知れないが、単にテレビ、ラジオ、新聞、雑誌がインターネットというプラットフォーム上で、提供手段を変えたに過ぎないと私は思っている。広告収入の議論だけだと、インターネットはメディアに見えるが、政治、経済、経営、医療、文化などその応用範囲は広い。

 インターネットは今や地球の大動脈で、物理的に私たちの生活を支えているのが地球であれば、ネットワークで私たちの生活をつないでいるのがインターネットだと言える。UXも同様に、プラットフォームという観点からは、私たちの心の柱、経験や気持ちとして、地球やインターネットと同様に私たちを支えているプラットフォームと言える。

 人類は、その誕生から現代までに大きな進化を遂げてきたが、中でも感情については非常に特徴的だ。生きるために食べるのが動植物の基本だが、そこに美味しく食べる、楽しく食べる、といった要素を追加し、経験として蓄積できるのは人類だけだ。そこには驚きや楽しさ、面白さや感動といった要素が充満し、ひとつのエクスペリエンスが構成されている。食に限らず、生まれて初めてハンググライダーで空を飛ぶ、恋人と二人で蒼く深い海にスキューバダイビングで潜る、極北の地で氷で作られたホテルに泊まりオーロラを見る。そのような経験はUXというプラットフォーム上でさまざまな塊となり点在する。

 一方で戦争で家族を亡くした憎しみや怒り、大地震や津波で、消えていく家々や家族を高い丘から臨む寂しさや悲しさ、これもまた同様にUXというプラットフォーム上に残渣となって浮沈する。

この先は日経クロステック Active会員の登録が必要です

日経クロステック Activeは、IT/製造/建設各分野にかかわる企業向け製品・サービスについて、選択や導入を支援する情報サイトです。製品・サービス情報、導入事例などのコンテンツを多数掲載しています。初めてご覧になる際には、会員登録(無料)をお願いいたします。