前回は、「問題を構成する5つの要素」の「5. 結果」と「因果関係」について、宣伝広告費と売り上げに「存在しない因果関係があると信じ込んでしまった」私の失敗をお話しした。今回はその続きで、私のもう1つの失敗を紹介する。
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既存顧客を囲い込むための2つの施策
宣伝広告費と売り上げに因果関係がないことを社長に教えてもらい安心した私は、マーケティング部門の責任者として、宣伝広告費をはじめとする新規顧客獲得施策の予算をゼロにするという取り組みをスタートさせた。そこで浮いた予算を、既存顧客向けの施策に投資したのだ。
具体的には、ユーザー向けのサイバー大学設立とユーザーコミュニティー構築の2つの施策だ。これはNPS(ネットプロモータースコア)を使った調査で得られた「学びの場がほしい」という、バイオ研究者の声を具現化したものだ。
2つの施策に共通したビジョンは「世界中のライフサイエンス研究者が地域・時間・分野を超えて集い・学び合う場をつくる」という壮大なものだった。その第1弾として、「LiSA:Life Sciences Academy」という名の、私たちの会社サイトから独立したサイバー大学サイトを立ち上げた。
LiSAに登録したバイオ研究者は、GEが提供する実験技法に関わるセミナーや機器トレーニングをはじめ、ライフサイエンス分野の第一線の研究者が作成・監修したトレーニングプログラムなどを受講できる。さらには他の研究者との意見交換や交流といった、ソーシャルメディアに対応したコミュニケーションも可能となる。
登録者ごとの専用「マイページ」は、セミナーの受講記録やテストの結果などを保存可能になっており、確実な技術習得をサポートする。バイオ研究者が、誰でも自由に好きなだけ学べる環境を用意したのだ。
開設してからわずか1年ほどで、会員数は日本だけで1万人を超えた。この成功に気を良くした私は、LiSAを英語化して全世界向けに公開する決断を下す。といっても、英語版のコンテンツは世界の仲間に頼めばいくらでも手に入ったので、それを自動音声読み上げ機能で英語ナレーション付きの動画に変換するのは専用アプリがやってくれた。こうしてLiSAは日本だけでなく、全世界のバイオ研究者に「学びの場」を提供するまでになった。
加えて、当時の日本ではほとんど導入されていなかったマーケティングオートメーション(MA)を複数のWebツールを組み合わせて独自に開発し、サイバー大学LiSAと連動させて、既存顧客を囲い込むエコシステムに発展させた。この取り組みによって日本のマーケティングチームはスウェーデン本社をはじめ各国から高く評価され、さらには日本から世界各国へMAで発掘したセールスリード(見込み客)を提供する役割を担うまでにもなった。
既存顧客向け施策の第2弾として、約2000人が参加する業界最大のユーザーコミュニティー「LSD:Life Sciences Day」を組織した。これはオンラインコミュニティーではなく、大学と製薬会社のバイオ研究者が学会のようにリアルに集まって、研究成果を発表し合い、互いに「学び合う場」である。