米宇宙開発企業SpaceX(スペースX)の新型有人宇宙船「クルードラゴン」が、約2カ月の宇宙滞在を経て、2020年8月初めに地球へ帰還した。民間初の有人宇宙船としての快挙だ。新型コロナウイルスにおびえる日々の中で、明るい話題である。一方、筆者の周りでは、「新型コロナが少し落ち着くまで延期しましょう」という言葉が日常茶飯。クルードラゴンの挑戦のニュースに触れ、延期や中止をいつの間にか当たり前のように受け入れている自分に、はたと気づいた。

 新型コロナの影響で職場環境に制約があることを言い訳に、新製品開発への挑戦を先送りしてはいないだろうか。今回は弊社のメンバーが語った開発事例、「世界No.1製品へのチャレンジ」を紹介したい。

 クルマの電子制御燃料噴射システムが普及し始めた1980年代のことだ。このシステムを構成する燃料ポンプの大きさを1/2にする「ダントツ小型化」の取り組みが、デンソーの開発設計現場で立ち上がった。

前例がないから開発しない?

 燃料ポンプは、ガソリンタンクから燃料をエンジンへ供給するポンプだ。このポンプは当初、ローラーベーンと呼ばれる方式であった。ローラーと呼ばれる翼が回転しながら燃料を吸入し、送り出す原理だ。このポンプには課題があった。ローラーのこすれや燃料を送り出す脈動などで生じる騒音である。

 1980年代になると、羽根溝(川の水をくみ上げる羽根車のようなもの)を使ったウエスコ式と呼ばれるタイプが開発された。これは構造上、それまでの騒音問題を一気になくす画期的な方式であった。それまでも他の用途でウエスコ式のポンプは使われていたが、燃料ポンプにこの方式を採用するメーカーはなかった。1980年代になって、デンソーが世界で初めてウエスコ式の燃料ポンプを実用化したのだ。これによって騒音問題が解消され、市場はウエスコ式の燃料ポンプに置き換わっていった。

 この成功は、ポンプ一筋の設計者が「ウエスコ式を試してみよう」と踏み出した一歩から始まったと聞く。アイデアはあっても、できない理由や技術的に難しい点ばかりに頭を巡らせ、取り掛からない。世の中に前例がないと試しもしない。このような経験はないだろうか。

 これに対し、先の設計者は実際に造ってみようと踏み出し、騒音問題を解消する燃料ポンプの誕生につながった。「どのメーカーもやっていないからこそ、チャレンジする価値があり、勝機がある」と捉えるべきだ。

載らない? それなら世界で最も小さくしてみせる

 後日談がある。この新型燃料ポンプを海外の自動車メーカーに売り込んだところ、ある自動車メーカーのクルマには燃料ポンプの体格(大きさ)が大きすぎて搭載できなかった。車両側の搭載スペースが、燃料ポンプの体格よりも少し小さかったからだ。そこで、小型化タイプを開発することとなった。ここで打ち出したのが、ダントツ小型化だ。大きさを1/2にすると狙いを定めた。搭載できなかった自動車メーカーに組み込める体格よりも、さらに一段高い目標値、すなわち「世界で勝てる目標値」を開発設計現場は設定したのである。

 性能を維持したまま体格を半減させるのだから、ポンプの回転数の大幅な引き上げや、最適な流路の見極めなど、解決すべき技術課題のハードルは非常に高かった。それでも、要素技術の専門部署との連携の強化や、当時最先端だった流れ解析技術の導入、生産現場の経験値の活用など、開発設計の力を総動員して、1つひとつ課題を乗り越えていったという。

 世界で勝てる目標値を見定め、その目標値が持つ技術課題を突破していく。これぞ、世界No.1製品を開発する基本姿勢だ。

 ともすれば後ろ向きになりがちな昨今、ものづくりの心構えを思い起こしてもらうため、第60回のコラムで紹介した先達の言葉を再度紹介する。実際に世界No.1製品を目指した設計者や、より良い製品を世の中に出そうと高い目標に向かってチャレンジした設計者の思いだ。改めてかみしめてほしい。

「常識にとらわれない」

「事実をしっかり把握する」

「自分で考え抜く」

「考え抜いて本質を理解する」

「できない理由ではなく、どうしたらできるかを考える」

「まずはやってみる」

「失敗を恐れず、チャレンジする」

「失敗は貴重な財産、失敗を多くすると、多くを学ぶ」

「業務遂行ではなく、問題解決型であること」

「迷ったときは、苦しい方を選べ」

「(情報+経験)×執念、執念がゼロではアウトプットはゼロ」

 ものづくりは、目標を高く掲げ、原理・原則に則(のっと)って、情熱を持ってチャレンジする。かつ、地道に、着実に、一歩一歩、愚直に取り組むものであると筆者は信じる。新型コロナが一段落してから……などと思っていると、気が付けば1年があっという間に過ぎていきかねない。在宅勤務の設計者だからこそ「挑戦」してほしい。

寺倉 修 氏 (てらくら おさむ)
ワールドテック 代表取締役
寺倉 修 氏 (てらくら おさむ) 実務経験に基づく真の「設計力」を定義し、実践的設計論を説く設計分野の第一人者。 1978年、日本電装(現 デンソー)入社。車載用センサーおよびアクチュエーターの開発、設計業務に従事。日本初のオートワイパー用レインセンサー開発、高級車「レクサス」への搭載を実現したほか、20種類以上の車載用センサー、アクチュエーターを開発・設計。 2005年、ワールドテック設立。製造業への開発・設計・生産などの技術を支援。2010年、東京大学大学院経済学研究科 ものづくり経営研究センター(MMRC)コンソーシアムで「モノづくりを支えるもう一つの力『設計力』」と題して講演。企業活力研究会「平成22年度 ものづくり競争力研究会」委員。 2014年、東京大学大学院経済学研究科 MMRCコンソーシアムで「『設計力』を支えるデザイレビュー」と題して講演。著書に『業界No.1製品をつくるプロセスを開示 開発設計の教科書』(日経BP)などがある。