年間12兆円ものマイナス影響をもたらす技術的負債(あるいはレガシーシステム)はどのように生まれるのでしょうか。それを防ぐ方法はあるのでしょうか。技術的負債をとりまく歴史をたどりながら、ソフトウエアエンジニアではない人にも理解できるようにその正体に迫ります。
「技術的負債」の言葉は1992年に生まれた
「技術的負債(Technical debt)」は米国のコンピューター技術者であるウォード・カニンガム氏が1992年に提唱した概念です。技術的負債という言葉は瞬く間に流行し、システムとビジネスをつなげる用語としてもてはやされるようになりました。彼は同年のオブジェクト指向関連イベントで次のように語っています。
最初のコードを出荷することは、借金をしに行くのと同じである。小さな負債は、代価を得て、即座に書き直す機会を得るまでの開発を加速する。危険なのは、借金が返済されなかった場合である。品質の良くないコードを使い続けることは、借金の利息と捉えることができる。技術部門は欠陥のある実装や、不完全なオブジェクト指向などによる借金を目の前にして、立ち尽くす羽目になる。
この言葉はソフトウエア開発者たちを悩ませる、「徐々に複雑さが増していき、機能追加が難しくなっていく」という現象をうまく言い表していました。
また、「負債」という経済的なメタファーを使ったことで、ソフトウエア開発者がビジネスオーナーやステークホルダーとコミュニケーションする際にもイメージを伝えやすいと、あっと言う間に認知されるようになりました。提唱から約30年たった現在でも「技術的負債」は存在し、ソフトウエア開発の現場では日常的に使われることの多い言葉です。
ただ、負債というメタファーは解釈の難しい言葉でもあります。ある人には「借金」というネガティブなイメージを想起させ、またある人には「他人資本」というポジティブすぎるイメージを伝えてしまうこともあります。
技術的負債という言葉はネガティブなイメージが強く、またそう呼ばれる対象のシステムを開発してきた人々にとっては気分が悪いものです。ですので、リスペクトを込めて「遺産」を意味する「レガシー」という言葉を用いて、技術的負債の対象となるシステムを「レガシーシステム」と呼ぶ場合があります。
本特集では、技術的負債の真の正体や解決方法、デジタルトランスフォーメーション(DX)との関係について深掘りしながら解説します。これらはソフトウエアの性質であると同時にソフトウエア開発というビジネス活動における「経済学的な現象」でもあります。そのため、技術的な用語をできるだけ使わず、技術に詳しくない読者にもこの不可解な現象への理解を深めてもらえるように解説していきます。
技術的負債で年間12兆円の経済損害?
技術的負債が「経済的な現象」とお伝えしたところで、まず気になるのは、どのくらいの金額なのかという点ではないでしょうか。
正確なところは誰にも分かりませんが、経済産業省は「最大で年間12兆円規模の経済的損失」と2018年に試算しています。実に東京オリンピック・パラリンピック開催経費の4回分に当たります。
なかなかの規模だと思いませんか。しかも12兆円の損失は毎年のことです。毎年、オリンピックを4回もやっていたら大変なことですよね。連日ワイドショーで取り上げられてもおかしくない金額規模ですが、システムの話になると難しく感じるからでしょうか、取り上げられたのを筆者はまだ見たことがありません。
「年間12兆円規模の経済的損失」とは、一体どういうことなのでしょうか。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が2017年に公表した調査によると、約8割の企業が「老朽化システム」を抱えています。また約7割の企業が「老朽化システムがDXの足かせになっている」と感じているそうです。
また、経産省は「老朽化したシステム」が企業のDXの阻害要因となっており、それによる機会損失を含めた影響が最大で年間12兆円に達すると試算したわけです。「2025年の崖」というパワーワードを生み出した「DXレポート」にまとめられています。
それでは「老朽化システム = 技術的負債」の問題がなぜ生じるのでしょうか。
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