日本人とは思考も嗜好も異なる訪日観光客。これまでの常識にとらわれていては行動パターンを見誤る。日本でどう動き、何を買ったのか。旅アトの分析が次の仮説を生み出す。POSから位置情報まで詳細なデータをフル活用しよう。

 2015年夏。大阪・難波の繁華街にある「tutuanna戎橋店」では、以前ならあり得なかった商品が店頭を飾っていた。それは「裏起毛タイツ」。保温性に優れた冬の人気商品だが、夏に店頭に並ぶことはない。

 ところが90足の在庫商品はわずか3日で完売。同店では即座に商品を調達し、7~8月の2カ月で800足を売り上げた。

 主な買い手は中国人観光客だ。「中国の東北地区などは、9月にはもう冬支度を始める。こうした地域からの来店客に向けて冬の人気商品を並べたことが奏功した」。tutuannaを運営するチュチュアンナ(大阪市中央区)の梶原剛常務取締役上席執行役員業務支援本部長はこう明かす。

販売分析で「真夏に冬物投入」を決断

 裏起毛タイツに注目したきっかけは店舗のPOS(販売時点情報管理)データ分析にあった。国内で250店舗を展開する同社はデータ活用の先進企業。各店舗のPOSレジから収集した販売データを基幹システムに集約し、クリックテック・ジャパン(東京・港)のBI ツール「QlikView」で分析する体制を整えている。ここから売れ筋商品を見極め、機動的に補充する。

 このデータ分析の仕組みをインバウンド対応にも活用。スタッフがPOSレジで会計処理をする際に、顧客が訪日観光客か国内顧客かといった属性情報を入力する。このデータを、商品の店舗配分を担当するディストリビューターが分析する。

 2015年春、戎橋店の販売データを分析したディストリビューターは、訪日観光客が裏起毛タイツを多く購入していることに気付いた。一方で「季節によらず、訪日観光客はまとめ買いをする」という分析結果も得ていた。

 ディストリビューターは戎橋店の店長に相談。そこから「真夏に裏起毛タイツ」という常識破りの品ぞろえが実現した(図9)。

図9 売り上げデータ分析の結果を生かしたチュチュアンナ
売り上げデータ分析で商機を逃さない
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 この成果を得て以降、戎橋店を含め、訪日観光客が多く来店する店舗では、訪日観光客に人気の商品は季節を問わず、在庫として持っておくようになった。

データ分析で爆買いの中身が見える

 チュチュアンナの事例は、訪日観光客が商品購入や観光をした後、すなわち「旅アト」の分析が商機を拡大することを示唆する。

 特に重要なのが中国人観光客の分析だ。「中国人観光客の興味は移ろいやすい。インバウンドビジネスを一過性で終わらせないためには、変化を正確に捉える分析が必須」。ホットリンク傘下で中国人のネットクチコミ分析サービスを手掛ける、トレンドExpress(東京・千代田)の四家章裕取締役編集長は、こう断言する。実際、中国のネットクチコミを分析すると、人気商品の移り変わりがみてとれる(図10)。同社はウェイボ上で、「日本で○○を買った」と確認できた投稿を分析した。

図10 ホットリンクが中国SNSから分析した「買った商品」の推移
中国人観光客の人気は移り変わる
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 2015年2月の春節期間中には「温水洗浄便座」と「炊飯器」が上位にいたが、今年の春節では姿を消した。逆に新しく登場したのが「美容家電」。3月にはさらに順位を上げた。「服飾」も大きく順位を上げている。

 こうした変化は、「中国人観光客の旅行スタイルそのものが、団体旅行から個人旅行へと移行しつつある」(四家取締役)ことを示唆している。団体旅行に比べて自由な時間の多い個人旅行なら、店頭で好みの商品をじっくり見比べて購入できる。美容家電や服飾品のように、様々な機能やサイズを試したくなる商品の人気の高まりなどから、こうした傾向が見て取れるという。個人旅行とみられる書き込みの割合は15年12月の3割から、今年の春節では4割に高まっている。

 「中国人観光客による爆買い需要そのものは依然として旺盛。しかし内容は様変わりする。何度も日本へ訪れてもらうために、企業は変化に応じた方策を講じる必要がある」(四家取締役)。

訪日客の動きを可視化

 分析の対象は購買行動だけではない。

 「東京・浅草を訪れる訪日観光客が宿泊する割合は2割弱」「訪日当日に比べ2日目に浅草を訪れる人は3倍超。1年を通じてまんべんなく人気があり、中国・台湾・韓国からの訪日客が6割を占める」。NTTドコモとインテージホールディングスの共同出資会社、ドコモ・インサイトマーケティング(東京・港)は、データ分析で訪日観光客の「動き」を捉える。いつ、どこに、どの国からどれくらいの人が訪れているかといった、「これまで見えなかった訪日観光客の正確な動態が見えてくる」とエリアマーケティング部技術統括の鈴木俊博氏は話す(図11)。

図11 東京・浅草を訪れた訪日外国人の動態分析
訪日客の動きが見えてくる
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 同社が分析に使うのは、NTTドコモの携帯電話の「運用データ」だ。携帯電話の電源を入れると、通話やデータ通信をしていなくても1時間に1回以上の頻度で、端末は基地局とやり取りをする。海外で契約した携帯電話を、日本国内で使う仕組みである国際ローミングの運用データを利用する。

 訪日観光客に絞ったデータ分析の場合、対象の端末数は年間で約400万台。これらの端末から集めたデータを、法務省が毎月発表する国別の訪日外国人数に合わせて拡大推計し、統計データとして利用している。

 同社のデータは基地局との通信を利用したり、各国の携帯電話会社と契約した国籍情報に基づいていたりするので、「国籍を誤ることはない」(同)。特定のアプリ利用状況を使う方式と違って、利用者が国籍を自己申告できたり国によってアプリ普及に偏りがあったりといった問題がない。プライバシー保護については、拡大推計などの集計処理を施し、個人を特定できないようにしている。

 夜間に特定の場所にとどまったままの人は、そこに宿泊している可能性が高い。ほかにも、特定の場所に滞在しているのか素通りしているのか、滞在した人は滞在の前後でどこにいたのか、入国や出国に使った空港や港の種類、滞在日数別や訪日後の経過日数別の訪問先など、様々な分析が可能だ。

 「正確な動態が分かれば、企業はインバウンド事業の強化へ適切な手を打てるようになる」と鈴木氏。宿泊者が少なければ、宿泊施設やナイトスポットを充実させる、イベント実施時期の滞在者と素通りした人の割合や国籍を基に広告やクーポンの配布を検討する、といった具合だ。同社は企業のほか、観光客を誘致したい自治体にも同サービスの活用を提案していく考えだ。

 爆買いの商機をネットでも――。それが、海外のECサイトを通じて日本の商品を売る「越境EC」だ。帰国後も爆買いの流れを途切れさせず、次の訪日につなげる。こうした狙いもあって、越境ECの支援サービスが相次いで登場している()。

表 最近の主な越境EC支援サービス
日本にいながら世界に売る
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帰国後の客も離さない

 最も多いのが中国向け。アリババグループが運営する「天猫(Tmall)」や、現地のEC大手である京東集団が運営する「京東全球購(JD Worldwide)」への出店や出品を支援するサービスだ。

 各種の調査によれば、中国のEC市場は天猫が6割、京東全球購が2割と、両者で大半を占める。ほかにも米イーベイは欧米向けの越境EC支援を提供。ネット広告大手のマイクロアドは、インドを対象にしたサービスを3月に始めた。

 2020年に4000万人と上方修正した訪日外国人の政府目標。インバウンド事業を確かなものにするために、IT活用は待ったなしだ。