オープン化の波の中、オフコンベンダーが収益性の悪化した事業から撤退するのは理解できる。ただ数十年間使い続けてきたユーザーの困惑は大きい。

 1993年ころの最盛期には毎年8万台を出荷し、オフコン市場を引っ張ってきたNECも2015年3月に最終モデルを出荷した。オフコン事業が幕引きされた時、ユーザーはどう対応したのか。三つの事例で見ていく。

「オフコンユーザーで集まりたい」の願い届かず

 「40年近く当社の基幹業務を支えてくれたNECのオフコンには感謝しかない。ただ、移行パスが示されず、今後に不安を感じているのは事実」。紡績糸を製造・販売する新内外綿(大阪市)で営業戦略室課長兼業務部課長(内部統制・IT)を務める安田修治氏は、複雑な表情を浮かべる。

新内外綿(大阪市)で営業戦略室課長兼業務部課長(内部統制・IT)を務める安田修治氏
[画像のクリックで拡大表示]

 社員36人の同社は1979年以降、NECのオフコン上で営業や販売、在庫、生産、物流など、基幹業務を支える各種の管理システムを構築してきた。全社システムの7割がオフコンで稼働し、本社と支店で稼働する2台のオフコンは6代目だ。

新内外綿の基幹系システムが稼働するNEC のオフコン「Express5800/V618-L」
[画像のクリックで拡大表示]

 ここ10年、ハード故障は無いという。クライアント側が専用端末からPCに変わったことなどで保守費用が下がり、保守料は年間100万円以下とのことだ。

 「更改のたびにパッケージ移行を考えるが、業務に大きな変化がなく、移行の費用対効果が出ないため見送ってきた。本当にそれでいいのか、負の資産にならないかと感じつつも、私ともう一人の社員SEでアプリケーションを保守してきた」(安田氏)。

この先は日経クロステック Active会員の登録が必要です

日経クロステック Activeは、IT/製造/建設各分野にかかわる企業向け製品・サービスについて、選択や導入を支援する情報サイトです。製品・サービス情報、導入事例などのコンテンツを多数掲載しています。初めてご覧になる際には、会員登録(無料)をお願いいたします。