株式会社ケーヒンは、キャブレターやインジェクターをはじめとした二輪車/四輪車のエンジン基幹部品のトップメーカーであるが、近年急速に進む電気自動車やハイブリッド車の動力源であるモーターへの電力を制御する中核部品、PCU(パワーコントロールユニット)の開発にも力を入れており、ホンダ「アコード ハイブリッド」などにケーヒン製PCU が採用されるなど大きく成長している。株式会社ケーヒン開発本部では、ANSYS のパワーエレクトロニクス向け回路・システムシミュレータ『ANSYS Simplorer』(以下はSimplorer)と電子部品向け寄生パラメータ抽出ソフトウェア『ANSYS Q3D Extractor』(以下はQ3D Extractor)を使って、開発効率を向上しているという。PCU開発へのシミュレーションツール適用を進めている、株式会社ケーヒン 開発本部の有本志峰氏にお話を伺った。

【設計開発における曖昧さを排除し、試作を減らす】

電気自動車/ハイブリッド車におけるPCUは、電池とモーター、発電機をつないでモーターの駆動や電池の充電などの制御を受け持つ自動車の頭脳にも例えられる重要なシステム製品であ り、PCUシステムの複雑さは、もはや自動車1台と変わらないほどだ。株式会社ケーヒンではこのPCUの開発を、モーター制御とハード/ソフト、パワーモジュール、筐体などいくつかの分野に分けて行っている。有本氏が所属する部署ではPCUの中でも電力を制御するパワーモジュールの開発を行っている。

株式会社ケーヒンではANSYSのシミュレーションツールを20年ほど前から使い始めていたという。まずは構造解析等に対してシミュレーションの先行導入を実施、最近は電動化の波に合わせて電気分野の解析を強化している。そんな中、パワーモジュールの設計開発にあたっては、以下のような課題を克服するためにシミュレーションツールを組み合わせ(連成)、更に効果的に使用範囲を広げている。PCUの開発は、市場からの性能ニーズや車両設計上のニーズを基に、要求される目標を設定し、設計および性能予測を行う。

その後、実際に試作し、各種の性能評価を行うという流れになるが、この工程を、目標を達成するまで何度も繰り返すことになる。また、PCUは非常に複雑なため、試作にはかなりの時間を要す。かつ、求められる性能それぞれにも相関があり、一概にある項目だけに着目していては成立しない。例えば損失を小さくするためにスイッチング速度を重視すると、サージ電圧が大きくなり、要件未達となる。また、限られた筐体の中に様々なコンポーネントを配置するため、電流 経路となるバスバー(※) の配置にも配慮が必要である。「次の設計変更でサージ電圧がどうなるかは『ちょっと大きくなるかもしれない』といったように漠然としか言えず、定量的な話ができません。結局、試作してから評価することになりますが、作ってみて予想以上にサージ電圧が上がって設計要件から外れたら、非常に大きな手戻りになってしまいます」

(※) バスバー: パワーモジュールが制御する大電流を流すための導体部品

こうした課題に対して、シミュレーションツールを使うことで試作の回数を減らすことができたという。「例えばパワーモジュールを設計するに当たってはまずバスバーの設計が重要ですが、バスバー自体がインピーダンス成分を持ちます。そのインピーダンス成分を『Q3D Extractor』を使って算出して設計にフィードバックしています。さらにそのインピーダンスがサージなどにどう影響するかを『Simplorer』を使って確認し、システム全体の最適化を図るといったことを行います。設計変更による違いを定量的に示すことができ、社内はもちろんお客様にも説明しやすいというメリットがあります。最終的には実物による確認が欠かせませんが、途中の細かい変更を机上でシミュレーションできるという点が非常に役に立っています」

【⾃動⾞業界の共通インターフェースといえる ANSYS】

パワーモジュールの設計開発にANSYS 製品が選ばれたのには、いくつかの理由がある。ひとつはANSYS製品が自動車業界の多くの企業が使っていることだ。OEMと設計モデルのやりとりをしていく上で、同じツールを使っていなければ困ることになると考えた。もうひとつは、ANSYS が「Q3D Extractor」「Simplorer」に限らず広いポートフォリオを持っていることだ。「PCUはさまざまな部品の複合体です。ANSYSの製品は、『Q3D Extractor』 『Simplorer』だけでなく、構造系や電磁場系のツールとの連成が非常に優れていると思います。将来、PCUを丸ごとシミュレーションしていくことも念頭に精査したら、やはりANSYSが一番強いと思います」

有本氏はANSYSのサポートも高く評価する。「運用面では、素早い対応でアドバイスを頂ける技術サポートが良いですし、営業のフォローも厚いと思います。それから、ユーザー同士の情報交換の場を用意してくれるのも助かりますね。他社の技術動向は常々知りたいところですが、競合であっても、シミュレーションツールをベースにして結構自由に話ができたり、情報交換できたりするのがすごくありがたいです」

【“丸ごとシミュレーション” で試作レス開発競争に先⼿】

将来はPCU全体をシミュレーションしたいという有本氏だが、それは電気自動車/ハイブリッド車の急速な進化と大きく関係している。例えばノイズ(音)の問題だ。従来のガソリンエンジン車であれば、エンジンノイズに隠れて全く問題にならなかった振動からくるノイズが、電気自動車やハイブリッド車では問題となってしまうのだそうだ。そうしたノイズを抑えるには「Mechanical」等構造解析ツールなどとの連成を検討しているという。「ノイズの他には、熱とか、振動などの問題に対して、それぞれにシミュレーションを適用し、システムを含めた“系”を作ることを目指しています。最終的にそれぞれの結果を共有すればPCU全体のシミュレーションが出来上がるというイメージです」

この有本氏のイメージが実現すれば、いずれはほとんど試作をせずに製品ができるようになるだろう。試作レスの製品開発を目指す動きは自動車業界全体の流れだが、有本氏はANSYSのシミュレーションツールを武器に、先手を打てればと考えている。

電流経路モデルを作成
IGBT